『心、平穏』



「・・・・・・急がなきゃっ!」

遅刻しちゃうわ!
そう思いながら駆けていたのは童顔の女子高生。
セーラー服を纏い、颯爽と駆けていくその光景。
どちらかといえば、田舎道を通っており回りに人はいなく、傍から見れば、微笑ましい光景に移るだろう。
しかし・・・・・・心に余裕がなきものだ。
田舎であれど、・・・・・・場所に関わりなく、現代人の心の所在は其々ということか。
とにかく、そうして駆けていた忙しそうな少女がいた。

「そんなに急いでどうしたの?」

ふと、聞こえる声。
しかし、周りが見えていない少女には、その声の源がすぐさま把握することができず、一瞬空耳かとさえ錯覚した。
それでも、突然だったので、思わず急いでたのも忘れ、立ち止まる。
そして、首を回して見回してみると。

「ここだよ。ここ」

声がする、その場所は、なんと、少女の頭上の木の上であった。
相手は、少年だった。しかも、明らかに年下の。
少女は安堵すると同時に、肩透かしを食らった気分が湧き上がるのを感じた。
無理もない。
自分からしたら言い方が悪いかもしれないが、単なるガキに呼び止められただけなのだから。
何か、特別あるわけでもなさそうだ。
そう、思いつつ、怪訝な目つきを向ける。
その時に、少年の姿が見て取れたが、ぱっと見、至って平凡に見えて、その実、年不相応の落ち着きを感じる、妙な感覚を覚えた。
その事実に、ほんの少し、動揺しつつも、平静を装い、また、不機嫌そうな態度を装う。
いや、実際少し不機嫌なのだが。
子供相手に何を心揺らされてるのかと癪に障る。

「しかし・・・・・・良くここにいると君見かけるけど、いつも急いでない?何でそんなに急ぐのさ?」
「学校よ!学校!私は暇じゃないの!用がないなら行くよ?」
「ふ〜ん・・・・・・学校、ねぇ」

そう呟いて直後。
落下音とともに現れた少年はやはり妙だった。
顔つき、身長、声色・・・・・・このどこからその雰囲気が醸し出されているか分かったものではなかった。
ある種、神々しさすら感じてしまった。

「な、何よ?」
「学校ってさ・・・・・・そこまで急いでまで行く価値があるもの?」
「そ、そうよ!大事だって誰もが言うわ!」
「・・・・・・僕は、君にとって価値があるのかどうか聞いたんだけど。価値を決めるのは誰かじゃない、常に自分なんだ」
「・・・・・・!」

随分と悟ったような風装って、と不機嫌なのを更に煽られる。
見た目からしてそんな下らない事をいうような年ではないと思ったのだが・・・・・・やはり何故か有無を言わせない、妙な感じを受ける。
説得感。
全く、相手のペースにのせられてるような・・・・・・、否。
自分が相手に掻きまわされてるような気分だった。

「あ、あんたみたいな子供に何が分かるってのよ!」

思わず、大人気なく、怒鳴ってしまった。
しかし、それでも気が治まらない辺り、よほど興奮しているのだろう。
しかし、少年はその多大な怒気を含んだ声色と表情に対して眉一つ動かさず、冷静に諭し始めた。

「まず一つ。人を外見だけで判断しないほうが良い。心に余裕ある人物は、常に相手の中身をも見定める度量を持つものだからだ」
「・・・・・・」
「そして二つ。自分個人で何かを考える姿勢は持ったほうが良い。ただ回りに流されるだけでは、心中は平穏にならない」
「随分と、偉そうに言うわね。私のことを―」
「あぁ、何も知らないし、興味もないんだ。君の思想はどうであれ、この現世に侵されすぎている。心を亡くしたようにしか僕には見えないからね」

・・・・・・頑固なガキだ。
悔しいが私よりも、弁が立つ。
説き伏せるのは難しいと判断した私は―
・・・・・・屈辱だが、この下らない説法を最後まで聞いてみることにした。

「心を亡くした者は文字通り、忙しい。ならば、忙しいこの社会に心はないといえる。・・・・・・そこまでして、学校で何を学んでも、心亡き者が知識を持っても、害はあれど、利はない」
「・・・・・・」
「今の時世だからこそ、人間は平穏な心を取り戻さねばならぬというのに。・・・・・・それなのに醜き争い、同族殺しすら横行する。そして果てには自らの利と信じての自然を貪る愚行。このままでは地球もかばいきれなくなる」
「でも!そんなことばかりでは―」
「ない、と誰が言い切れる?口だけならば簡単だ。やれ自然保護、動物保護、民主主義、平和。どんな仮面でも被れる。1人でも、歴史にいたのか?流れに流されない静かなる水面の心で何が正しいのかを見極めた人物が」
「・・・・・・」

反論、できない。
弁が立つ云々よりも、学がない自分でも、それは痛感できているからだ。
この歪んだ世の中の空気は、何か、おかしい。

「だから、その社会に憑かれているような君を放っておけなかった。君自身の頭で考えてみて欲しい。何故学校に行くのか。何を学びたいのか」
「私は・・・・・・」

言葉が、続かない。
何も思いつかないわけじゃない。
だけど、それが自分の考えだとはっきりさせられなかった。
何よりも―
自分の心が落ち着かない。
波風立たされたようだ。

「少し、落ち着こうか。水でも、飲むかい?」

そんな時にふと小さな猪口に汲まれた水を差し出された。
その渋い色合いといい、少年の雰囲気にやけに似合った。
そんなことはどうでもよかったが、落ち着きたかった私はそれを奪い取るようにして、貰った。
水を飲み干したら・・・・・・。

「あ〜・・・・・・やっぱり?」
「おいおい。またやってたのかよ」

私は意識を失い、倒れた。














僕は1人の少女に『あの水』を飲ませてみた。
案の定というか、倒れられちゃったけど。

「あ〜・・・・・・やっぱり?」

分かりきってたけど、ここまで皆全滅というのもなぁ・・・・・・。
そう苦笑した僕の後ろから、気配が現れ、同時に声が聞こえた。

「おいおい。またやってたのかよ」

呆れを強く込めたその声に僕は、敢えて答えず声の主に振り返って渾身の笑みを浮かべてやった。

「うわぁ・・・・・・やっぱ、性格悪いぞ」
「うるさい。こうでもしなければ、何も変わらないじゃないか」
「だからって強引すぎんだよ。何も無理やり論破して、その後に『変若水』をわざわざ飲ますことはなかろうに」
「人間に心を取り戻さすにはこれが一番いいんだよ。イザナミ」
「はぁ・・・・・・まぁ文句は言わないけどさ。今は憂うべきことなのは良く知ってるから。イザナキ」

1人の少年と、少女。
神々しさを纏った彼らは神―
日本を見守る者であった。
少年・・・・・・いや、イザナキは度々、こうして『変若水』と呼ばれる霊水を人間に飲ませていた。
これを飲むと、心亡き者は心を持つことができるという。
それまでに、人それぞれ個人差があり、その間は全く意識を失うらしいが。









そして。
数ヶ月後。
かの少女はどうなったのかというと。

「いってきまーす!」

元気良く、家から飛び出すのはあの頃とは雰囲気を違え、ぱっと明るい顔をした少女。
彼女が目覚めたのは、その数日前だという。
そして、その後、学校に行き出した。
目覚めた直後の彼女の日記を見てみよう。







○月△日の日記。

私は、ええっと・・・・・・良く分からない少年にこう諭されました。
『平穏な心を取り戻せ』
あの時は意味は良く分からなかったけど、こうしてすっきりと目覚めた今、なんとなく判る気がします。
今の人々は、忙しい、忙しいと小うるさくて、勉強しに学校にいくのだって、親がうるさく言ったり、無理やりだったりします。
だけど、それじゃいけないんだと思います。
何をしたいのか、そして自然を敬い、人が生きていくにはどうしたらいいのか。
それを、学び、考えるのが学校なんだと思います。
あ〜難しいことは良くわかんないけどね!
それで、一つ、夢を見つけました。
植物のお医者さん!
そんなものがあるなんて、病院で目覚めた後にポスターで初めて知ったんだけど。
私、田舎に住んでるから、木とかに登るの大好きだったりしたんだ。
それを、忘れてたなぁなんて思ったりして。えへへ。
都会にも、木を植える運動をしたりしたいし、なんだかやりたいことが広がった気がします。
あの男の子にあってから何で倒れたのかは分からないけど、なんだか、とっても人生が楽しくなったから気にしないことにします。  















心を、亡くさないようにしないといけません。
でないと、イザナキに『変若水』を飲まされるかもしれませんよ?